先に、自分の結論をお伝えします。
読書の入り口は、何でもいいと思います。漫画でも、ライトノベルでも、雑誌でも、Web小説でも構いません。子どもが自分から「読みたい」と思い、続きを知りたくてページをめくっているなら、それは立派な読書体験です。
もちろん、これは「何のルールも設けなくていい」という意味ではありません。年齢に対して刺激の強すぎる内容や、違法・有害なコンテンツについては、大人が配慮する必要があります。読書に夢中になって睡眠時間を削ってしまうなら、生活上のルールも必要でしょう。使えるお金に限度がある以上、本の購入について家庭で約束を決めることもあります。
しかし、「生活時間を守ること」と「読むジャンルを格付けすること」は、別の話です。
「小説なら夜遅くまで読んでもいいけれど、漫画は30分まで」
「歴史の本なら買ってあげるけれど、ライトノベルは自分のお小遣いで買いなさい」
このような線引きをすると、子どもには「親が認める読書」と「価値の低い読書」があるように見えてしまいます。
自分が制限しないでほしいと考えているのは、まさにこの「ジャンルによる格付け」です。
東大生も漫画やラノベを読んでいた
私はこれまで、東大生を対象に、読書体験や家庭環境について何度もインタビューやアンケートを行ってきました。
もちろん、東大生の育ち方が唯一の正解ではありません。また、漫画を読んだから東大に合格した、という因果関係が証明できるわけでもありません。
そのうえで、私が聞いてきた範囲では、「子どもの頃から名作文学だけを読んでいました」という人よりも、漫画やライトノベル、図鑑、ゲームの攻略本など、本人が好きなものに徹底的にハマっていた人のほうが、圧倒的に多いという印象があります。
「歴史漫画を全巻読んで、そこから戦国時代に興味を持った」
「ライトノベルのシリーズを夢中で追いかけるうちに、長い文章を読むことが苦にならなくなった」
「漫画に登場した科学技術が気になって、関連する新書を読むようになった」
「好きなスポーツ選手の自伝から、ノンフィクションを読むようになった」
そんな話が、次々と出てきます。
少なくとも、「漫画やラノベを読んでいると頭が悪くなる」「漫画を禁止しなければ難関大学には行けない」という単純な説は、私が見てきた東大生の姿とは一致しません。むしろ、何かを好きになり、夢中で読み込んだ経験が、その後の知的好奇心の土台になっていることのほうが多いのです。


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