大手スーパーで、ここまで手間ひまをかけてパンを作るのは珍しいのではないだろうか。それでも、マックスバリュ東海の店長たちがほていやの蒸しパンを残そうとする理由は、単なる「人気商品だから」ではない。
もともと熱海には、地元のスーパー「ヤオハン」があった。長倉店長をはじめ、増井さん、根上常夫さんは、そのヤオハンの社員である。会社がなくなり、その店舗を引き継いだ企業に移った人たちが、今度は街のパン屋の看板商品を引き継いだ。
「今でも買い物にきてくれるおばあちゃんたちは、このスーパーを『ヤオハン』と呼んでくれています。マックスバリュ東海 熱海店も、こういう地元の人たちに支えてもらっていると思っています。その恩返しのひとつが、ほていやの蒸しパンなんです。だから熱海でしか食べられない唯一無二の蒸しパンを当社で受け継いで、大切に育てていきたいんです」
消えた店の名前を、客が呼び続けている。消えた街のパン屋の商品を、スーパーが作り続けている。熱海では、なくなったものが、そう簡単にはなくならない。
あと数年で、次の継承が来る
長倉店長と増井さんは、あと数年で定年を迎える。ほていやの職人から直接技術を受け取った世代が、間もなく現場を離れる。
だからこそ、これから自分たちに、何ができるのかを考えている。マックスバリュ東海では、この蒸しパンをフックに、地元に貢献するための取り組みも始めている。
ひとつは、パフェ。食べ歩きの街という熱海の特性に合わせ、蒸しパンのメープル味をパフェ(480円)に仕立て売り出した。もう1つは、子ども向けの蒸しパン作り体験会。作って終わりではなく、その後、熱海の桜を見て歩くなど、街そのものを知ってもらう機会にしている。
ほかの土地では作れない味だからこそ、「熱海の名物」として新しい価値に変えていく。それは、街のパン屋では、できなかったことかもしれない。
職人がひとりで守っていた味は、いま、大勢の手で受け継がれ、次の世代につなげられている。


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