投資哲学に、投資家の犯す「誤り」に関する仮定が必要なのはなぜか? ほとんどのアクティブ投資戦略は、一部(またはすべて)の投資家が株式の価格付けにおいて犯す誤りを突くことを目的にしているからだ。
その誤り自体は、人間の行動に関するずっと基本的な前提から生じるもので、その行動が「市場の誤り」として表われる。投資家はその誤りを突くことで利益を得ようとするわけだ。
従来の分析の弱点
どの投資哲学の根底にも、人間の行動に対する一定の見方が存在する。実際、従来の金融理論や企業価値評価(バリュエーション)の弱点のひとつは、人間の行動を軽視してきた点にある。
伝統的な金融理論では、すべての投資家が合理的に行動すると仮定しているわけではないが、非合理的な行動はランダムに生じ、全体的に見れば相殺されると仮定している。
例えば、まわりに迎合しすぎる投資家(モメンタム投資家)がいれば、まわりの逆をいく投資家(逆張り投資家)も存在し、両者の綱引きによって最終的に合理的な価格に落ち着く、という考え方だ。
この仮定は、実際のところ、長期的に見ると妥当かもしれないが、短期的には必ずしも成り立たないかもしれない。
この「合理的な投資家」という仮定に長年疑問を抱いてきた学者や実践家たちは、「行動ファイナンス」と呼ばれる金融理論の一分野を発展させてきた。
行動ファイナンスは、心理学、社会学、金融理論の知見にもとづき、投資家の行動を解き明かし、その行動が投資戦略に及ぼす影響を説明しようとする学問だ。
当然ながら、投資哲学はいずれも市場の誤った行動に対する見方に立脚している。目の利く投資家はその誤りを突いて利益を搾り出すのだ。
次に示すように、市場の誤った行動はじつに多様だ。
投資家の誤りが個々人の非合理性から生じるなら、すべての投資家のあいだで平均化される可能性はずっと高くなる。
実際、これこそが「効率的市場」の概念の根底にある仮定だ。
この仮定は、「すべての投資家は合理的である」という仮定よりはずっとまともだが、実際には、投資家がまわりの投資家につられて誤った行動をとると群集効果が生じる。
こうなると、その誤った行動が市場価格に影響を及ぼす可能性が一段と増し、そこから利益を搾り取る余地が生まれるかもしれない。
市場が新しい事業、予期せぬマクロ経済的・政治的な出来事、新たな投資商品に価格をつけようとする際、投資家は適正な価格をつけるため、こうした現象について学習しなければならない。
合理的な市場では、一定の誤差はあるものの、こうした学習は瞬時に行われるものとされる。しかし、学習速度が遅ければ、市場は学習期間中に価格付けの誤りを犯すことになるだろう。
ただし、それが過大評価につながるのか過小評価につながるのかについては意見が分かれる。


※ログイン後、コメント入力が可能です。