「定職に就いている」はずだった夫が、待機期間中に失業していたのだ。用意されるはずだったアパートも車も白紙になり、夫婦は夫の実家に身を寄せることになった。それに加え、夫の出身地は、決して治安がいい地域ではなかった。土地勘のなかったまゆこさんは、当時それにも気づいていなかった。
「アメリカでは転職も失業も珍しくないと聞いていたので、そのときは前向きに捉えようとしていました」
取材の中で、まゆこさんは何度か「トキシック・ポジティビティ」という言葉を使っていた。直訳すれば、「有害なポジティブ思考」。悪いことが起きても「人生いいときばかりじゃないし、こういうこともあるよね」と、無理に前向きに捉えてしまう思考のことだ。
無職の夫と妻、定年退職をした義父母。大人4人が1日中家にいる生活は、1年半に及んだ。電気の使い方や生活音をめぐる細かい指摘が増える日々。ストレスが積み重なっていたある日、事件が起こる。
真っ二つに折れたタブレット
その日、扇風機が壁に向かって回っていた。また何か言われるかもしれないと思い「使ってないから、いらんやろ」と言って消した。
すると、夫が怒りだした。
「いらんとは、なんやあ!」
そう叫んだ夫は、まゆこさんのタブレットを真っ二つに折った。
「これはあかん……。こんなことする人やねんな、って。けど逃げ場がないし、お金もないし、車もない。これって、日本に帰る選択をするほどの案件なのかな、とも考えてしまって」
まゆこさんは大学時代、ドメスティックバイオレンス(DV)について学んだことがあった。そのため、夫の変化を、どこか職業的な視点から観察するようになっていたという。


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