次の例を見てみよう。プロバスケットボールリーグNBAのミルウォーキー・バックスは、イースタン・カンファレンスのプレーオフ第1シードだった。
2023年4月の1回戦で、第8シードのマイアミ・ヒートに敗北し、プレーオフ敗退となった。
今シーズンは失敗でしたか?
スポーツ記者がバックスのスター選手、ヤニス・アデトクンボに、今シーズンは失敗だったと思うかと尋ねた。アデトクンボはこう答えた。
「きみは毎年昇進するのか? しないだろ?
では毎年のきみの仕事は失敗か? イエスかノーのどっち? ノーだろ。毎年きみは働く。何かに向かって、目標に向かって働く。昇進するために、家族を養うために、家族の住む家を手に入れるために、両親の面倒を見るために。
きみは目標に向かって働く─それは失敗じゃない。成功に至る道のりだ。成功への道はつねにある。
マイケル・ジョーダンは15年間プレーして、6回優勝した。優勝以外の9年は失敗だった? きみはそう言っているのか?」
アデトクンボのポジティブな態度には好感が持てるし、長い目で見れば彼は正しいことを言っているのだろう。しかし、彼が失敗を認めなかったことにはマイナス面がある。
代わりにこう言ってもよかったのではないか。
「今年は失敗した。チームの目標はNBAファイナルで優勝することだったけれど、勝てなかった。タイトルを勝ち取るために何が必要か、大きな教訓を得ることができたから、次はチームで優勝を目指すよ」
違いは微妙だが、その差は大きい。つまり、失敗を否定するな、それを認めろということだ。
私たちは交渉の失敗とそれに伴う結果を恐れてはいるものの、同時に、過去に失敗を経験しているせいでおなじみの感覚でもある。わざわざ失敗する人はいないが、失敗は起きるものだと心のどこかで認めている。
ケネディが言ったように、新しいこと、独創的なこと、困難なことへの挑戦に失敗はつきものなのだから。


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