ここで最後に、私が日本女子大学通信教育事務部発行『女子大通信』04年12月号で取り上げた逸話を紹介したい。
登場する少年Aは、大阪で3人兄弟の末っ子として生まれ、中学に入ってから猛勉強で有名な進学塾である伸学社・通称「入江塾」(入江塾頭)に通った。全国の難関校を目指して猛勉強したが、灘高校には不合格となり、鹿児島ラ・サール高校になんとか合格した。ところが、塾の友人Bは不合格となり、地元の公立高校へ進む。
通常、そうした生徒は人知れず去っていくのだが、その友人Bが入江塾頭に挨拶するというので、少年Aは塾頭がどういう反応をするのか興味があり同行する。厳しい競争を教えてきたはずの塾頭は、意外にもうれしそうに「よく挨拶にきた。くよくよするな。人生ほど甘いものはない。いくらでもやり直しがきく」と語り、少年Aは衝撃を受ける。
受験で挫折後に花開いた人生
この言葉の意味は深い。人生は長い時間で見なければわからない。18歳時点の学力だけで人生が決まるわけはなく、勝ち組、負け組という言葉も一時の結果を切り取ったものにすぎない。病気や失敗から立ち直る人もいれば、順調に見えた人が思わぬ困難に直面することもある。弱さや挫折を経験したからこそ、他者の痛みを理解できる場合もある。学びたいときに学び直せる教育の仕組みがあれば、年齢や回り道は不利益ではなく、むしろ人生経験を伴った大きな財産になり得る。
少年Aにはその後がある。ラ・サール高校では十分に勉強せず、東京大学受験に失敗して早稲田大学第一文学部に進学。しかし、大学ではミュージカルやコントに熱中し、やがて渋谷の小劇場で活躍する。この少年Aこそ、後にお笑いトリオ「コント赤信号」で人気を博し、俳優・演出家としても活躍し、25年には参議院議員にも当選したラサール石井氏である。
一度の不合格も、大学名も、その人の価値や将来を決定しなかった。人間の可能性は偏差値表の外側に広がっている。この物語が示す人生の奥行きこそ、学歴を一瞬の笑いと序列に変える番組に対して、私たちが伝えるべき答えではないだろうか。


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