しかし、雅が病院のベッドで伏しているときに、あることを聞いたことで、人生はまた新たな方向へと動き出す。貧民窟で天然痘が大流行しているというのだ。
居てもたってもいられなかったのだろう。雅はケガの完治を待たずに貧民窟へと足を運ぶと、有志の医師たちとともに2週間も現地で患者の看病にあたっている。そして、自分のケガが回復すると、横浜の貧民窟に身を投じて、天然痘患者の看護やワクチン接種を手伝うようになったという。
そんな活動のなかで、雅が思いついたのが、「経済的にゆとりのない人に無料で看護婦を派遣する」という事業だ。よほど「これだ!」という確信めいたものが、自分のなかであったのだろう。
雅は横浜から東京に戻ると、すぐに本郷に家を借りて、「慈善看護婦会」の看板をかけている。のちに「東京看護婦会」に名を改めることになるが、これが派出看護事業への第一歩となった。
和と雅が再び同じ夢に向かう
そんなふうに、雅が思わぬ方向で人生の目標を見つけている頃、和もまた再び看護婦の道へ突き進み、赤痢患者への対応に日々奮闘していた。
互いにそれぞれ別の道を歩みながらも「トレインド・ナースとして、自分がなすべきことは何か」を考え抜いて、看護の技術を社会で役立てるため、邁進していた点では共通している。
そして、病院を退職した和に新潟の仕事をあっせんし、雅にはアメリカで近代看護を学ぶことを持ちかけたマリアが、期せずして2人を引き合わせる。
この頃、マリアは体調悪化によって、自ら立ち上げた女性専用の療養病院「衛生園」に入院。身動きができなくなってしまったマリアのもとに、和が新潟から見舞いに訪れたという。
一方の雅は、頻繁にマリアの見舞いに衛生園を訪れていたため、ここで2人は再会を果たすことになる。雅は和にこんなオファーをしたという。
「東京看護婦会でも看護婦養成を始めたいんだ。あなたが帰京したら、ぜひその講師をやってもらいたい」
和と雅が東京で再び同じ夢に向かう日が、やってこようとしていた。
【参考文献】
青山誠著『大関和 看護に人生を捧げた日本のナイチンゲール』(角川文庫)
田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中公文庫)
田中ひかる監修『大関和 明治のナイチンゲールたち』(平凡社)
櫻庭由紀子著『戦う白衣の天使 大関和・鈴木雅ものがたり』(内外出版社)


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