1992年秋。住宅金融専門会社(住専)の最大手、日本住宅金融(日住金)の第1次再建案が固まった。株価が100円を割り込み、資金繰り破綻もささやかれる中、大蔵省銀行局はなりふり構わぬ行政指導を行い、関係金融機関に金利減免をのませた。
ただ、この案でも翌年2月には再び資金繰り危機に直面するのが確実だったため、母体・準母体銀行9行は追加的な「第2次再建計画」を作るよう銀行局に求められる。住専という時限爆弾は新たな段階に向けて動き始めていた。
業務純益の何と23倍 住専に深入りした理由
「これはつまり、破綻する可能性があるという意味かね」
渋い表情で問いかけた銀行局長の寺村信行に、住専を所管する金融会社室の担当者は押し黙ったままだった。
寺村の元には、92年9月末時点の住専7社向け融資の一覧表が届けられていた。過去3年の平均業務純益と比較して、それぞれの融資残高が何倍程度あるのかが一目でわかるペーパーだった。
例えば、都銀の融資残高は平均業務純益の0.83倍、地銀は0.98倍。多少の損失は収益力で吸収できる計算だった。ところが──。
「農林系統 23.47倍、日本長期信用 7.09倍、日本債券信用 9.19倍」
「安田信託 16.20倍、東洋信託 11.33倍、中央信託 16.33倍、日本信託 18.00倍」──
この記事は有料会員限定です
残り 2011文字


