95年から99年まで社長、99年から2006年まで会長を務めた奥田時代のトヨタは、円高が長く続いた一方、中国メーカーとの競争は事実上存在せず、車両価値の中心も機械的な性能というハード領域にあった。現在のように、ソフトウェアで機能を更新し続けるSDV(ソフトウェア定義車両)やAI(人工知能)が技術面で大きな比重を占める状況とは、経営判断の前提も開発スピードも違っている。
こうした異なる時代背景の違いを踏まえても、現在のトヨタが直面する課題は軽視できない。もっとも、販売台数だけを見れば、トヨタは依然として世界首位の座を維持している。25年の世界販売台数は約1132万台に達した。だが、EVに絞れば、中国のBYD(比亜迪)が約225万台で世界首位に立ち、総販売台数も約460万台まで拡大、30年までの総合首位奪取を公言している。
トヨタは自己資本約37兆円(26年8月時点の有価証券報告書)という強固な財務体質を持ちながら、世界の時価総額ランキングでは70位台(26年8月23日時点)にとどまっている。自動運転やSDV化では課題を残しており、次世代技術をめぐる競争では厳しい局面にある。
「弱みは改革し、強みは徹底的に磨く」
一方、01年にコマツの社長に就任した坂根氏は、創業以来初の営業損失、02年3月期の連結最終赤字806億円という、どん底の状況を引き継いだ。
坂根氏は一律のコスト削減を退け、「弱みは改革し、強みは徹底的に磨く」という考え方のもと、競合が数年は追いつけない「ダントツ商品」の開発へ舵を切る。同時に自ら協力会社各社の地方工場へ足を運び、下請け経営者とひざを突き合わせて直談判を重ね、系列を超えて設計・生産情報を共有する体制へ調達網を再編した。
こうした改革と並行して、坂根氏は新たな事業基盤の構築にも乗り出した。その代表例が、建設機械の遠隔管理システム「Komtrax」である。稼働中の機械の位置、稼働時間、燃料残量、故障の予兆までを遠隔で把握できるこの仕組みは、盗難防止や部品交換のタイミング把握を可能にし、ディーラーが顧客に先回りしてメンテナンスを提案できる体制を築いた。
構造改革の本質は「切り捨て」ではなく、強みを磨き上げる「再配置」である。坂根氏の決断は、目先の課題を解決しながら、稼働データをもとに顧客の管理コストを下げる保守サービスへと収益源を広げる布石を打った。
坂根氏は「自分の任期中だけで成果を出そうとしてはいけない」と語っていた。この発想は、株主重視経営のもと、とかく短期思考になりがちな昨今の風潮とは異なる。しかし、2人とも株主を軽視していたわけではない。むしろ、それまでの経営者以上に市場に敏感に反応した。


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