ランナーには、むろんそれぞれの“走る理由”がある。
たとえば、『24時間テレビ』の司会も長年続けてきた大ベテランの徳光和夫は、70歳で体力の不安を感じながらも「自分がチャレンジできる最後の仕事」として引き受けた。
また2016年に走った落語家の林家たい平は、当時闘病中だった師匠・林家こん平を勇気づけるため、そして自分を育ててくれた『笑点』の司会をその年勇退した桂歌丸に感謝の念を伝えるため、ランナーを引き受けた。
このように、これまで歩んできた人生の節目として、あるいは世話になった身近な人たちへの感謝を伝える手段としてマラソンランナーを引き受けるケースが目立つ。多くの視聴者にとって自分を重ねることができ、共感しやすい面もあるだろう。
ただ、そこにはやはりチャリティーという目的との距離感もある。
そもそも『24時間テレビ』は、「寝たきり老人にお風呂を!身障者にリフト付きバスと車椅子を!」という絞り込まれた具体的なテーマを掲げて始まった。
それが1990年代以降、「出会い」「チャレンジ!」「あなたの夢はみんなの夢」といったように、誰にも当てはまるような広いテーマになっていく。
同じ1990年代に始まったチャリティーマラソン企画はこの流れを汲んでいるがゆえに、福祉の具体的な課題とは直接つながらないものになりがちだった。時に番組に対して「感動ポルノ」という批判が寄せられるようになったのも、その点と関係しているだろう。
ここ数年、ランナーの“走る理由”が変わった
ところが、ここ数年劇的な変化が起きつつある。
ランナーが抱える強い思いが“走る理由”になっていることは変わらない。ただ、マラソンランナーとチャリティーの関係がより密なものになってきた。ランナーが福祉の問題を考える必然的理由があり、走ることがよりストレートなメッセージ性を持つものになってきた。
転機になったのは、やす子がランナーになった一昨年の2024年である。
やす子は家庭の経済的事情で高校時代に児童養護施設で暮らしていたことがあった。ただ、周囲の反応や芸人としてのイメージをつい考えてしまい、はっきりとは話してこなかった。
しかし、チャリティーマラソンのランナーになったことを機に公にすることを決心。そして「マラソン児童養護施設募金」という目的別の枠が初めて設けられ、やす子はそのために走った。


※ログイン後、コメント入力が可能です。