6月、SFC生にとって初めての早慶戦で事件が起きた。試合開始前のスタンドで早稲田側から〈コンピューター外語専門学校〉とSFC生がやじられたのだ。〈この逸話は、今も教員や学生に語り継がれている。それだけ痛い所をつく批判だった。〉(『朝日新聞』97年6月23日)。
SFCは実学重視の傾向が強く、特に徹底したIT教育と語学教育が特徴だった。そこを“専門学校”と揶揄されたのだ。同記事では、当時スタンドにいた一期生の〈不愉快でしたね。でも、他大学にない教育を受けているんだ、と誇りに思うようにした〉という声を紹介している。
学生も教員も忙しい
実際SFCは、その頃の大学への批判を覆すような、新しい教育を実践した大学だった。
80年代は「大学のレジャーランド化」が盛んに言われた。入学試験は難しくても、入ってしまえば代返などで単位が取れる“楽勝科目”で卒業できる。大学は遊ぶ場所だという感覚が蔓延していた。
しかし、SFCの学生は非常に忙しかった。93年にSFCの学生によって作られた『SFCキャンパスライフ満足度調査報告書』には、「久我真衣さんのキビシイ一日。」という章がある。調査で出てきたSFC生の不満を詰め込んだフィクションだ。
久我さんは夜中まで発表の準備をし、3時間しか眠れないまま2時間半かけて通学してくる。昼食を食べる暇もなく授業を受け、終われば締切迫るレポートに必死で取り組む。ふと気づけば22時の終バスまであと6分。急いでバス停に向かうがバスは無情にも走り去り、結局、夜間残留となる。しかし、久我さんが特別に忙しいのではない。〈誰もがそんな経験をしながら、真のSFC生になってゆく。〉のだ。
学生だけではなく、教員も忙しかった。教員同士で授業研究を行う「アゴラ」が頻繁に開かれ、単にテキストを読むような授業は通用しなかった。成績には相対評価を取り入れ、誰にでもAを出す楽勝科目は排除した。
大学教員は学生の指導に熱心ではないという批判に対して、学生ファーストの教育を目指したのも特徴だ。学生を小グループに分けて担当教員をつけ、勉強やプライベートの相談まで受けるアドバイザリー制度、教員が時間をとって研究室で質問を受けたり指導を行うオフィス・アワーなど、学生に寄り添ったサポートが充実していた。


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