だが、同時に考えなければならないのは、教員は旅行や海のことについて専門性が高いわけではない、ということだろう。
名古屋大学の内田良教授も指摘しているが(関連記事)、辺野古ボートコースは学校独自設定のプログラムだったため、旅行会社が安全性のチェックや荒天の場合の対策などにほとんど関与しなかった(できなかった)ことが悔やまれる。
然るべき旅行会社なら、過去に起きた事故等の知識もあって、海上活動で考えられるリスクの洗い出しや確認も、教員よりできた可能性が高い。
修学旅行や校外学習では、旅行会社の言いなりになって、学校の独自性や裁量なんて考えるな、と私は申し上げたいのではない。素人が企画するなら、プロを入れる仕組みを設けておくべき、ということを申し上げたい。
(3)学年主任任せで、属人的な安全対策をチェックする仕組みがなかったこと
報告書によると、同志社国際高校では、意見が言いにくいような組織風土というわけではなかった、と述べられている(「教員同士の関係が上命下達的な関係であるとか、先輩の教員の意見が強制されたり、言いたいことが言えなかったりする経験があると述べた教員は存在しなかった」報告書p.150)。
だが、毎年の研修旅行の企画について学年主任1人が中心に行われており、その原案について、同じ高校2年生の担任集団、ならびに校内委員会(研修旅行委員会)、教職員会議など、いずれの段階でも異論はおろか、疑問をはさまれることはほぼなかった(下見をしなくてよいのかという疑義が呈されたことがあったことは述べられている)。
なぜ、異論も疑問も出なかったのだろうか。その背景については、本報告では、十分調査しきれているようには見えない。前述した(1)正常性バイアスと教育的意義を強調する教育観も相まってのことかと思うが、ほかにも注目するべきことが、少なくとも2点ある。


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