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プーチン択捉上陸は高市政権"弱体化"のサインか? 「中ロ朝トライアングル」に追い詰められる日本外交の隘路

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プーチン大統領
北方領土を訪問し、択捉島で住民と交流するプーチン大統領(写真:代表撮影/AP/アフロ)

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ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が8月13日、北方領土の択捉島に上陸した。

思い出すのは、ドミトリー・メドベージェフ大統領(当時、以下同)が2010年11月1日に国後島に上陸したことだ。これに続いて、イーゴリ・シュワロフ第一副首相も12月13日に国後島を訪れ、11年1月にはドミトリー・ブルガコフ国防次官も択捉島を訪問した。

いずれも菅直人政権が発足した後の出来事だった。10年7月の参議院選挙で民主党は10議席減の44議席しか獲得できず、51議席を獲得した自民党の後塵を拝した。菅首相が消費税率を10%に引き上げることを口にしたことが原因だった。

外患は政権弱体化の象徴か

政権が弱るときに外患は起こりがちだ。

例えば、1900年に清国で発生した「義和団の乱」を清政府が収めることができないと知るや、アメリカ、イタリア、フランス、オーストリア・ハンガリー、ドイツ、イギリス、ロシア、日本は居留民の保護を名目に軍隊を派遣。西太后は北京を逃げ出し、西安まで落ちのびた。

すでにその60年近く前の1842年に清国はアヘン戦争でイギリスに敗退し、56年からのアロー戦争でもイギリスとフランスに敗れた。「眠れる獅子」と思われていたアジアの大国は、実は「死せる鯨」だったという事実が判明した。

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