ところが『ラブ上等』はあくまで娯楽作品であり、出演者の派手な経歴やアウトロー性も番組の商品価値になっている。いわば、この番組では彼らの「悪さ」自体が見世物になっている。そのことがはらむリスクについて、番組制作者も法務省も考えが足りない部分があったのではないか。
今回の騒動は「元不良の出演者が過去の犯罪自慢をして炎上した」というだけの話ではない。発言の真偽はわからないし、具体的に何があったのかも現段階では特定できないため、出演者本人を一方的に断罪するのは適切ではない。一方で、その曖昧で刺激の強い発言を、何の補足もなく番組のコンテンツとして世の中に送り出したという事実については、制作側の責任が明確に存在する。
アウトローの美化には慎重な判断が求められる
喧嘩自慢の一般人が集う格闘技興行の「BreakingDown」をはじめとして、近年ではアウトロー系の人々を題材にしたエンタメコンテンツが人気を博している。『ラブ上等』もその系譜に位置づけられるものだ。コンテンツが飽和していて、強い刺激を求める人々が多い時代だからこそ、そのようなものが支持されているのだろう。
ただし、刺激的な題材を扱う制作者にはそれなりの倫理観が求められる。世の中に作品を送り出すのであれば、「面白ければ何でもいい」というわけにはいかない。犯罪者や他人に迷惑をかけるような人を、必要以上に美化したり、肯定的に描いたりすることは避けなければいけない。
『ラブ上等』の制作者はこのまま沈黙を守るのではなく、被害を受けた人や社会に対する想像力を働かせて、しっかりと説明責任を果たすべきだろう。


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