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「日本に好感」95%のシンガポール、なぜ「昭南島」の深い傷を抱えながら世界屈指の親日国になったのか

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シンガポールの象徴、マーライオン。国名はサンスクリット語の「ライオンの街」が由来(写真:編集部撮影)

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シンガポールは世界屈指の親日国だ。

外務省「海外における対日世論調査」(2025年度)によれば、シンガポール人の95%が日本に好感を持つ。観光先としての人気も高い。イギリスYouGovの調査「シンガポール国際観光客展望」では、シンガポール人が旅行先として検討する国の1位は日本だった。実際に25年の訪日客数は約72.6万人(日本政府観光局統計)と過去最高を記録している。

経済関係も緊密だ。ジェトロの調査によれば、26年3月時点で、シンガポールに拠点を置く日系企業(日本側の株主が10%以上を出資する企業)は5051社に上る。シンガポールの対日直接投資は、24年に約4099億円を記録し、東南アジアで1位、世界全体でも4位となっていた(ジェトロ「対日投資報告2025」)。23年には世界1位だった。

今年は日本とシンガポール(以下、日星)の国交樹立60周年にあたる。イギリス領植民地時代など独立前も含めると、両国の縁はさらに長い。

しかし日本には、そんな友好国に深い傷跡を与えてしまった過去がある。1942年から45年までの日本占領時代である。華人虐殺や強制献金といった、ぬぐいがたい記憶を、日本はシンガポールの人々に刻み込んだ。

なぜ、そのような負の歴史を乗り越えて、日星は友好関係を築けたのか。

日本占領統治「昭南島」時代の深い傷跡

1940年代の日本は、終わらぬ戦争の連鎖のただ中にいた。

37年に始まった日中戦争は泥沼化し、国力を消耗させた。資源の確保に迫られた日本は、40年にフランス領北部インドシナ(仏印)への進駐に踏み切り、翌41年には南部にも進駐した。これに対してアメリカは在米日本資産の凍結、石油の対日輸出の全面禁止で応じ、日米関係は決定的に悪化。41年12月、日本は太平洋戦争に突入した。

英領植民地であったマレー半島も、日本軍の侵攻対象となった。なかでもシンガポールは、ゴムや錫といった戦略物資の中継・加工の拠点であると同時に軍港でもあり、戦略的価値が高かった。42年2月にこの地を占領した日本軍は「昭南島」と改称し、以後約3年半にわたって統治した。

「昭南島」時代の記憶は、その後のシンガポールで苦々しく語られることになる。

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