当時、法テラスや市役所の無料相談で弁護士にも相談したが、裁判には時間と精神的負担がかかるとわかり、いじめ問題に詳しい専門家にも出会えなかった。制度があっても、子どもや家庭が使える救済につながらなければ意味がないと痛感したという。
進学した私立中学校では、小学校時代の加害者の1人が同じ学校にいたことやコロナ禍の休校が重なり、不登校となった。学校からとくに支援はなく、親に学費を払い続けてもらうことへの申し訳なさもあり、中学3年の春に公立中学校へ転校した。
「母は『人生100年時代なのだから、1~2年のブランクは誤差。焦らなくていい』と言ってくれました。高校進学については、全日制だけをゴールにせず、通信制も含めて資料を取り寄せ、最後は自分で決めていいと選択肢を示してくれたことも救いでした」
「手放さなかった勉強」と「信頼できる大人との出合い」
不登校の期間も、悉知さんは勉強を完全には手放さなかった。心身の疲労が大きい時期は休息を優先したが、体力が戻ると英語の学習を再開し、苦手な数学は個別指導塾で補った。
「1日5分でも机に向かうと、学校に行っていない罪悪感が和らぎました。英検を目標に勉強し、合格後は次の級を目指すことで成果も実感できました。限られた科目でも、勉強を続けたことは進路の選択肢を残すうえで意味があったと思います」
転校先の公立中学校では、週3日の登校から始めるなどの段階的な目標を、校長や担任が一緒に考えてくれた。別室登校中は、教員が一対一で勉強や雑談に付き合ってくれた。
「先生方は『教師と生徒』ではなく、1人の人間として向き合ってくださいました。小学校時代の『大人は全員敵だ』という思いがやわらぎ、『信頼できる大人もいる』と思えるようになりました。当時の先生方とは今でも交流があります」
担任や母親、塾の教室長からは、通信制高校やその先の大学の推薦入試についての情報も得られた。塾では複数の通信制高校を比較した資料まで作ってくれたという。


※ログイン後、コメント入力が可能です。