1/3 PAGES
トヨタ自動車で1990年代後半から2000年代初めにかけて社長、会長を務めたほか、日本経団連会長も務めた奥田碩氏が8月8日死去した。享年93。8月12日には日本経団連の筒井義信会長、愛知県の大村秀章知事など各方面から追悼のコメントが発せられた。本記事は週刊東洋経済2003年8月2日号に掲載した奥田氏の人物像に迫る梅沢正邦記者の筆による"反ポピュリズム宣言、日本経団連会長・奥田碩の「反骨」…小泉純一郎が最も意識する男"。奥田氏の事績を偲び、当時の記事を東洋経済オンラインに掲載する。
指導者の「使命」とは何か。あえて消費税の引き上げを打ち出した奥田=日本経団連。ポピュリズム(大衆迎合主義)とは明快に一線を画し、小泉首相と対峙する。「使命」に執念を燃やしながら、「地位」にはてんたん。奥田碩の指導者の美学(梅沢正邦記者)。
=敬称略、肩書きは2003年8月当時=
建築家の安藤忠雄との対談集『日本再生への道』。奥田碩は対談の最後に「楢山節考」を持ち出した。年老いた母が息子夫婦にかける負担を思い、自ら望んで“姥捨て山”へ赴く、あの「楢山節考」である。
「寿命がこれだけ延びたら、それ、やっていかないとしようがない」。尊厳死のススメである。終末医療の医療費は、死ぬ間際にハネ上がる。「それが健康保険のシステムを損ない、家族にも負担をかける。楢山節考ではないが、自分が植物状態になったら、2、3カ月で生命維持装置を外してください、と意思表示しておく。日本中の人が尊厳死協会に登録する。そうしなければ、老人医療費は増える一方。制度がもたない」。
言う以上は、むろん、奥田は尊厳死協会に入会済み。が、並の人間としては、尊厳死など勧められれば、心ざわつき、平穏ではいられない。
記事の続きでは、「1%や2%なら、そこらの年金だって持っている。だから、意識的に言っている。(創業家が特別視される)そういう時代はいつまでも続きませんよ、と」「西郷さん? 西郷さんは追い詰められて城山で倒れるじゃない。ボクはもう少しいい所で死にたいな」など、歯に衣着せぬ発言とその背景をお読みいただけます。
※ログイン後、コメント入力が可能です。