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キャリア・教育

時給数百円で教員を働かせる「ブラック部活動」がまかり通ってしまう理由とは? 部活指導の歴史と「地域移行」のリアル

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バスケのボールを手に持って女子部員の指導に当たる女性教員
休日を返上して部活の指導をしても、顧問に支払われる手当は雀の涙だ(写真:Fast&Slow / PIXTA)
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70年代後半になると、部活に顧問の教師が置かれ、その顧問が指導から引率までを引き受けるという現在にもつながる形式が一般化してくる。

なぜ部活は「義務と管理」に変わったのか

部活動の歴史を振り返ると、もともと1951(昭和26)年に始まった当初は、生徒が主体となって自主的に運営する「任意参加の活動」にすぎなかった。

転機となったのが、64年の東京オリンピック開催決定である。これをきっかけに部活動の「競技性(勝利至上主義)」が一気に高まった。しかしその反面、運動が得意な一部の生徒ばかりが優遇され、一般の生徒がスポーツに親しむ機会が奪われるという問題が生じてしまう。

こうした状況や「生徒任せでは教育上の問題が生じる」という懸念を受け、文部省(当時)は方針を転換する。「部活動は単なる自主活動ではなく学校教育の一部である」とし、教員全員が連携してしっかり「管理と指導」を行うよう、相次いで通達を出したのだ。

さらに69年には、特別活動の中に全員参加の必修「クラブ活動」が新設される。従来の部活動が「有志による課外活動」だったのに対し、新しいクラブ活動は「全員参加の教育活動」と位置づけられた。この必修化には、放課後の部活動に参加する生徒を増やす狙いもあったが、結果として教員が担う指導や管理の範囲を一段と広げることとなったのである。

その甲斐あってというべきか、その後、運動部活動の加入率は増加していったが、一方で教員の負担は増していき、顧問になることに消極的な教員も増加していく。

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