ある日、トイレの鏡で自分の顔を見ました。知らない男がいました。表情がなくて、目に光がなくて、紙みたいな色をした、24歳の男。
そのあと、入社直前の同期で集まった写真を見ました。4月の私は、笑っていました。緊張していたけれど、まだ明るい目をしている自分の顔。
でも、半年後の自分と、見比べる。別人でした。
さらに、ある先輩の大学時代の写真を見せてもらったことがあります。若くて、笑っている男性が写っていました。でも、目の前のその先輩は、同じ人に見えないくらい変わっていました。年齢を重ねれば、人は変わります。ただ、その変わり方が、私には怖かった。
このまま10年経ったら、自分はどうなるのか。
朝日をまともに見られるのは1年で10日もないかもしれない。季節が変わっても、気づかない。誰かとご飯を食べる時間もない。鏡を見ても、自分の顔に見えない。その代わりに、給与明細には大きな数字が載る。
コスパで走ると、払っていることに気づかない代償があります。季節を感じる感覚。誰かと笑う時間。鏡を見て自分の顔だと思える朝。それらが給与明細には出ないまま、毎日少しずつ減っていく。私はその減り方が怖くなりました。半年で、もう取り戻せない気がするほどに。
「Xデー」に肩を叩かれた先輩は机に戻ってこなかった
勤めていた外資系投資銀行のフロアで、忘れられない日があります。
人が消える日です。
私たちは、その日を「Xデー」と呼んでいました。ニューヨーク本社からの連絡で、投資銀行部門の人員を減らすことが決まる日。誰が消えるかは、誰にもわかりません。

