石井監督が譲れなかった気持ちもわかるし、飯村氏の無念も本を読むと心から共感する。だがこれは、誰が悪いかではなく、NHKという組織に潜む問題ではないか。
Nスペとして「昭和16年夏の敗戦」はあってはならない番組だったと私は思う。NHKの報道番組の一部として描かれるドラマは、判明している事実を離れてはいけない。飯村氏の遺族としての気持ちをくむかどうかの前に、所長の人物像を事実に沿って描くべきだった。
たとえ石井監督と決裂しても修正を要望し続けるべきだったし、修正しないなら放送を断念する覚悟さえ必要だったはずだ。ただ、その先に映画化が控えていて、製作に関わるほかの会社との関係上、そう簡単には済まなかった可能性がある。
つまりは、この映画をNスペの番組企画にしてしまったことが相当に際どいことだった。石井監督をリスペクトするなら、NHKはNスペとして企画を安易に受けてはいけなかったのではないか。それくらいリスクをはらむ企画だとの認識が、はたして関係者にどれほどあっただろうか。
加えて言うなら、そうしたNHKとしての反省も含めて、飯村氏にきちんと対応すべきだった。途中からは逃げ回っているだけにしか見えない。映画の終盤で開戦の責任を政府上層部で押しつけ合う様子が描かれるが、飯村氏への対処はこれとほとんど同じではないか。
NHKの失態は『開戦前夜』のメッセージそのもの
Nスペ放送後の昨年9月にNHKの稲葉延雄会長(当時)は、会見で「ドラマを面白くするために史実と異なる脚色をしたのではないかと指摘されても、致し方ない」と述べている。トップが「問題あり」と認めたのだから、NHKは飯村氏に誠意を示すべきだった。
この訴訟は、石井監督の「表現の自由」を、飯村氏が史実を盾に束縛していると捉えている人も多いだろう。だが内情が見えると、NHKが「表現の自由」を危うくする失態をしでかしたように思えて仕方がない。
映画『開戦前夜』に感動した皆さんはぜひ、飯村氏の主張にも触れてほしい。そこには、この映画が描いたこの国の組織の問題点が重なって見え、映画の理解も深まると思う。

