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仕事と家族を失いアルコール漬け《天涯孤独の身》で終末期を迎えたがん患者を支えた、たった1つの「切なる思い」

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死を意識したとき、何を思い、何を願うかは、人それぞれだという(写真:Ushico/PIXTA)
  • 小笠原 文雄 医学博士、浄土真宗大谷派聖徳山伝法寺住職
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タクシー運転手として働いていた長野一博さん(仮名)は末期がんで、エアコンもない古いアパートで一人暮らしをしていました。訪問診療を私が引き受けたのですが、なかなか心を開きません。過去には家族にも友人にもだまされて生活苦に陥ったことから、「誰も信じられない」と長野さんは話していました。

あるとき、電気店の社長をしている私の友人が、中古のエアコンを1万円で長野さんの部屋に設置してくれることになりましたが、長野さんは断ったのです。「思いやりの裏には、絶対何かがある」と思っていたようです。

みんなで知恵を絞り、扇風機の風を、凍らせた3本のペットボトルに当てて冷やし、長野さんの体を涼しくしてあげました。それだけのことですが、自分のために無償で心遣いをしてくれる人が、長野さんの周囲にいなかったのでしょう。しばらく時が過ぎ、訪問すると私の目を見つめ、初めて「ありがとう」とほほえみました。その夕方、旅立ったのです。

長野さんが人生の最期に言った「ありがとう」の言葉。それは、今まで不信感でこり固まっていた自分の心を溶かしてくれたことへの、感謝だったのかなぁと思います。

長野さんの人生を振り返ると、苦難続きだったのかもしれません。そして、誰からも見送られない旅立ちでした。しかし、「ありがとう」とほほえんだ長野さんには、最期は身も心も暖まるときがあったのだと思います。このような形での大往生もあるのだと、私は教えてもらいました。ご縁に感謝です。

どんな形でもいい、誰に対してでもいいから「ありがとう」の気持ちを持てたら、清らかに旅立てます。これが、在宅ホスピス緩和ケアです。

天涯孤独でも希望の中で旅立てた

周囲の人に暴言を吐いたり暴力を振るったりして、仕事と家族を失った結果、天涯孤独となり、がんで終末期を迎えた山上啓二さん(仮名)。山上さんは、心房細動という不整脈の治療をしていなかったので、血の塊である血栓が脳の血管に詰まり、脳機能が低下して高次脳機能障害が生じてしまいました。

発症したときに適切な治療を受けておらず、認知機能が低下して会社をクビになった原因が病気であるとは、本人も妻もわかりませんでした。そのため妻から文句を言われ、暴言や暴力で離婚となっただけでなく、アルコール漬けの毎日を送りました。最終的には一人暮らしでがんを発症したために、小笠原内科を紹介されたのです。

山上さんの住む古いアパートの一室は、酒瓶だらけでした。自分が置かれた状況のつらさを、酒で紛らわせていたのでしょう。この状態では病院にも通えないので、在宅医療を受けるしかないのですが、ケアマネージャーやヘルパーを拒否していました。人間不信です。

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