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カリフォルニア州に負ける日本経済? 「名目GDP」に惑わされない"購買力平価"で見た本当の実力

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GDPと世界の順位
名目GDPだけでは真の経済力は測れません(写真:ヒラリーマン。/PIXTA)
  • 安田 佐和子 ストリート・インサイツ代表取締役、経済アナリスト
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実際に2025年のPPPベースでのGDPランキングを見てみると、中国が41兆2420億ドルで首位となり、2位の米国(30兆7670億ドル)をすでに上回っています。インドが3位、ロシアが4位で、日本は5位です。

中国とインドの台頭は「元の姿」への回帰

中国とインドが経済規模で上位を占めるようになっていることを、どのように評価すべきなのでしょうか。これは、「新興国」が急成長したというよりも、かつての経済大国が元の姿に戻ったと解釈すべきでしょう。

アンガス・マディソン著『世界経済の成長史1820~1992年: 199カ国を対象とする分析と推計』によると、米国のGDPが英国を抜いたのは南北戦争後の1870年代、中国を上回り世界一の経済大国となったのは19世紀末です。産業革命前には、世界経済の中心はアジアでした。

このことは、15世紀から17世紀の大航海時代を振り返れば理解できます。コロンブスがアメリカ大陸を「発見」したのは、インドを目指して航海した結果でした。ヨーロッパ諸国が危険な航海を重ねてアジア貿易に参入しようとしたのは、そこに圧倒的な富があったからです。中国の絹や茶、陶磁器、インドの香辛料や綿織物は、ヨーロッパでは非常に高価な値段で取引されていました。

1820年の段階でも、世界のGDPに占める中国のシェアは32.9%、インドも16.0%で、両国のみで約半分を占めていました。西ヨーロッパは23.6%、米国は1.8%でした。ちなみに、当時の日本のシェアは3.0%でした。

しかし、19世紀後半以降、ヨーロッパの産業革命と帝国主義に中国とインドは適切に対応できず、「負け組」となってしまいました。中国(清朝)は1840~42年のアヘン戦争でイギリスに敗北してからヨーロッパ列強による半植民地化がはじまり、インド(ムガル帝国)も1857~58年の大反乱の鎮圧によって英国の直轄統治下に入り、1877年にはヴィクトリア女王がインド皇帝に即位しました。その一方で、日本は明治維新で近代化に成功し、戦争と敗戦を経ながらも、世界有数の経済大国として発展しました。

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