人は「何もしなくていい」と言われても、急には何もしない人にはなれない。いつもの便利な部屋が森の中にあったなら、私は自然を眺めながらスマホを見ていたかもしれない。
コテージでは、釣りや薪割り、水くみが、私にとって自然の中にいるための小さな用事になっていた。
自分の歩幅に戻る
何日か過ごしていると、家の中と外を行き来することが、少しずつ当たり前になっていった。
朝起きて顔を洗うにも外へ出て、トイレへ行くときには芝生を踏み、草についた朝露が足首に触れる。アパートなら部屋の中で、しかもワンタッチで済むことが、ここでは一つひとつ自然につながっている。
時計の代わりに天気や体が一日の予定を決めるので、時計を見る回数が減り、時間の感覚が少しずつほどけていった。
そして、ふと「なんだか、自分の歩幅で生きている感じがする……」と思った。

