「髪の毛も薄くなってきていたので、美容クリニックに通ってAGA治療をして、ついでに歯の矯正もしました」。ここまでにかかった「改造」費用の総額は350万円を超えていた。その結果、徐々に気になった相手にも会ってもらえるまでにはなった。
「それでもなかなかお付き合いするまでには至らなかった。婚活市場特有の、自分の理想以外は受け付けられない本音が男女ともにありますからね。こちらからアプローチしても全く相手にされず、そういう時期がさらに3年くらい続きました。常にお断りで自分を否定され続けましたが、このときの経験がメンタルを相当鍛えてくれたと思います(笑)」
田中さんは作戦を変更。「もう開き直って、誰かが声をかけてくれるのをひたすら待つことにしました。そういう相手が現れたら、その人だけに集中するほうが話は早いので」。そして婚活を始めてから約10年、ようやく理想の相手に出会うことができた。それが今の妻だ。
最初に掲げた、結婚相手への高い理想は変化していたのだろうか。
「そこだけは妥協できなかったんです。特に学歴というか、教養がある人というのは譲れなかった」
それはなぜなのか。理由は子ども時代に遡る。
「両親の会話はいつも、近所のゴシップばかりでした。夫婦喧嘩もしょっちゅうで、それを聞きながら生活するのは子ども心にすごく嫌だったんです。だから、結婚相手には『もっと実のある会話』ができる、知的な人がいいと思っていました」
そのため、学歴は相手の知性の高さを測る指標として、譲れない条件だったのだ。
新婚時代は勝どき、現在は郊外
結婚したのは今から7年前の19年。当時、田中さんは43歳、妻は37歳だった。
独身時代、田中さんは実家近くの一軒家を購入し、一人暮らしをしていた。しかし結婚後は都内でマンションを借り、元の家のローンを払いながら暮らした。その背景には苦い経験があった。
「婚活時代、相手に『もし結婚したらうちの田舎に来て一緒に住んでほしい』と伝えたところ、破談になってしまったことがあったんです。だから今度は相手の希望も汲もうと思って、妻の職場との距離や利便性などを考え、新婚時代は勝どきで過ごしました」
二重の支払いはかなりの負担だったのではと思いきや、「勝どきなら銀座にもアクセスがいいし、築地のお寿司なども気軽に食べに行ける場所なので結構気に入っていました」と笑う。

