彼は大の旅好き・散歩好きであり、たまの休みを見つけては日本中のまちや村を実際に訪れ、踏破しています。なんとこれまでに3度の日本縦断を成し遂げたと語る彼が送り出した本書『スーパーって観光地やねん』は、我々の脳にこびりついた「スーパーに見どころなんてない」という固定観念を完全に払拭してくれます。
例えば、どこかへ遊びにいった際には、ご当地グルメに舌鼓を打ちたくなりますよね。そこで我々は地元の名店をネット検索して訪ねようとしてしまいます。しかし、下村氏は「敢えてスーパーに行くべき」と説く。スーパーに置かれているご当地グルメこそが、当地で食される本当の「ご当地の味」だからです。
逆に、「観光地グルメとして非常に広告されているけれど、周辺スーパーへ行っても影も形も見当たらない」なんて場合もあるそう。下村氏も以前、とある市街を訪れた際に、「名物の馬刺しを食べてみよう」とスーパーへ赴くも、何軒回っても見当たらず、「あぁ、これは観光客向けに作られた伝統であって、地元の人たちが普段食べるようなものではないのだな」と気づいてしまったといいます。
我々観光客は、観光地に対してついつい「観光地足るべし」と目線を向けてしまう。古都の街並みが有名ならば、あまり近代的なマンションや高層ビルが建っていてほしくないですし、昔ながらの狩猟採集の風習が残っている地域の人々には、あまりスマホをいじっていてほしくない。だからこそ、私たちは「見たい観光地」を見られています。
スーパーには、着飾っていない地元のリアルな暮らしが詰まっています。そこは、観光地でないからこそ、地元住民がすっぴんでいられる唯一の憩いの場。観光客には肩身が狭い場所でしょうし、実際にそこを踏み荒らすように立ち入るのは褒められた態度ではない。しかし、確かに新たな一面を見出せるはずです。筆者が暗に提案する「地元の暮らしに溶け込むような観光スタイル」を体験してみてはいかがでしょうか。
無意味に感じられる路上の構造物からも「学び」は得られる
みなさんは「トマソン」を知っていますか? 町中を歩いていると時折見かける「降りた(登った)と思ったらすぐに登る(降りる)しかできない階段」や「途中で途切れた螺旋階段」など、本来予想される用途が果たせず、ただそこにあるだけのオブジェクトと化した構造物を指します。
意外とこれが見かけられるもので、私も東京のどこかの駅を歩いている時、「数段階段で降りて、数歩歩いたらまた登るだけの窪み」を見つけたことがありました。おそらく皆さんも、これまで通ってきた道のどこかでトマソンを見かけているはずです。
ですが、大抵は気づかない。気づいても、「これはいったい」と首を傾げて終わってしまう。だから、印象に残らない。観察しても何になるともしれないから、意味がないと思うためでしょう。


