ちょっと立ち止まって考えてみましょう。もし本当に、東大生が世間で言われるほど「使えない」存在なら、日本はこんなに徹底した学歴社会になっているでしょうか?
大企業の人事は、学歴を重視するのをとっくにやめているはずですし、官僚のトップ層に東大出身者が並ぶこともないだろうし、経営者になる人の学歴分布も、今のような形にはならなかったはずです。
でも、現実はそうじゃない。学歴社会は、今もしっかり続いている。つまり、企業や社会は、「東大生には、コミュニケーション以外の何か、確かに価値のある力がある」と、経験的に判断しているんですよ。
その「何か」って、いったい何なのか。僕は、それは「問いを立てて、深く考える力」だと思っています。
問いを立てて、深く考える力
具体例で説明させてください。
例えば、あなたが上司から「この地域を、観光地にするアイデアを考えてくれ」と言われたとします。さあ、あなたならどうしますか?
たぶん、多くの人はこう考えます。
「観光地なんだから、お客さんを呼べばいい。じゃあ、いいWebサイトを作って、SNS広告を打って、インフルエンサーに来てもらおう」
どうでしょう。もっともらしく聞こえますよね。でも、これって、実は「観光地にする方法」ではなく、「集客する方法」を考えているだけなんです。
一方、東大生タイプの人はこう考え始めます。
「そもそも、この地域はどんな場所なんだ?」
「他の観光地と比べると、何が強みで、何が弱みだ?」
「近隣の地域は、どんな観光戦略でうまくいっている、あるいは失敗している?」
「そもそも、うちが呼びたいのは、どんな属性の観光客なんだ?」
こんなふうに、とにかく、行動する前に問いをたくさん立てて、深く掘っていくんです。
面倒くさく見えるかもしれませんが、この工程を飛ばして「とりあえず広告」に走った結果、失敗している自治体プロジェクトも多いですよね。
ちなみに実は、東大の地理の入試問題では、「この地域は、夏と冬でそれぞれどのような観光地化が考えられるか、資料を読み取って論じなさい」といった形式の問題が本当に出ています。
こういう問題を6年も8年も解き続けてきた人と、そうでない人とでは、問いの立て方の解像度がまったく違ってきて当然なんです。

