ここまでの話を整理させてください。
東大生は、コミュニケーションの筋力が弱い。だから、社会に出た直後は、正直あんまり使えない。これは、認めざるをえない事実だと思います。
でも、彼らは「問いを立てて深く考える力」を、6年、8年と積み上げてきている。この力は、新人時代にはあまり評価されません。だって、新人に求められるのは、まず素早い返信であり、明るいあいさつであり、飲み会での立ち回りだからです。
でも、5年、10年と経つうちに、この蓄積が効いてくる。企画を任されたとき、経営判断を求められたとき、複雑な問題を解く必要が出てきたとき――そのとき、「問いを立てる筋力」を持っている人と、持っていない人の差は、決定的に開きます。
これは、陸上競技の選手がサッカーを始めるのに似ていると思うんです。陸上をやってきた人は、サッカーを始めた瞬間、足元の技術が全然ダメで、パスもろくに回せない。ボールを持てば奪われる。「使えないな」と言われる。
でも、90分走り続ける持久力は、明らかに他の選手より高い。その基礎体力は、時間をかけて技術を身に付けていけば、最後には圧倒的な武器になる。
東大生も、これと同じなんです。即戦力ではない。でも、遅れて効いてくる力を、確かに持っている。
「使える/使えない」の二択を、そろそろやめたい
「東大生は使えない」と切って捨てる人にも、「東大生こそ最強」と持ち上げる人にも、僕は同じことをお伝えしたいんです。人の能力というのは、そんなに単純に「使える/使えない」の二択で決まるものではありません。
「今は使えないけれど、時間が経てば強みになる力」を、多くの人は見落としてしまう。逆に、「今は使えて見えるけど、伸びしろのない力」もある。
そして、この「見えにくいけれど、長期的に効いてくる力」こそが、世間で「地頭がいい」と呼ばれるものの正体なのだと、僕は思っています。
東大生を評価するのも、批判するのも、5年後、10年後の姿を見てからでも遅くない。
そう考えると、「東大生って社会に出たら使えないよね」という言葉は、たぶん、評価を下すのが少し早すぎるだけなんだと、僕は思います。

