かつての日本企業において、管理職という地位は一種の「あがり」であり、職場は文字通りの天国だった。
昭和の管理職は出勤すると、机の上には部下が用意した熱いお茶と朝刊が置かれていた。
まずはゆっくりとお茶をすすり、たばこをくゆらせながら、スポーツ欄の戦績や社会面の三面記事にじっくりと目を通す。職場全体が始動し、活気を帯びてきた頃合いを見計らって、ようやく重い腰を上げて指示を出し始める――。それが管理職に許された「特権」であり、階層組織における威厳の象徴でもあった。
それに比べれば、今の管理職はたしかによく働く。しかし、その働き方は果たして「効率的」と言えるだろうか。あるいは、高額な報酬を得ているリーダーとしての本来あるべき付加価値を生み出せているのだろうか。
組織の中核を担うマネジメント層が、日本の労働生産性の足を引っ張っている
少し視野を広げて、マクロな視点から日本の現状を眺めてみよう。日本の労働生産性は、1990年には主要先進国(OECD加盟国)の中でトップクラスの順位に位置していたが、1990年代半ばのバブル崩壊とキャッチアップ時代の終焉を機に急落し、その後も低落の一途を辿っている。
最新のデータによれば、時間あたりの労働生産性において、日本はアメリカやドイツ、フランスといった欧米主要国のおおよそ半分から3分の2程度(日本生産性本部調べ、2024年)という、極めて低い水準に甘んじている。
この不名誉なデータの背景にあるのは、日本の製造現場(ブルーカラー)の優秀さとは裏腹に、事務部門やホワイトカラー、とりわけ組織の中核を担うマネジメント層の生産性が、国全体の足を引っ張っているという事実である。
なぜ日本企業のホワイトカラーは、これほどまでに「頑張っている」のに、その努力が数字に結びつかないのか。それは自己目的化した「共同体型組織の維持」に、管理職をはじめホワイトカラーが膨大な時間と労力を費やしているからである。以下では、その実態を描写していこう。

