天海は「女性でありながら理想の男性を演じる」ことで女性ファンを魅了してきた存在だ。これをそのまま男性に置き換えると、「男性でありながら理想の女性を演じる」歌舞伎の女形に近くなるが、男性ファンが女形に同じような熱量で憧れを抱くケースは、宝塚ほど一般的ではない(※4)。つまり、同性への憧れ・脅威の感じ方そのものが、性によって違う土俵の上で動いているのだ。
このズレを踏まえたうえで、今回の飯島直子の現象は、女性読者にとりわけ強く響く話として理解してもらえるのではないかと思う。
加齢そのものが「信頼を失わせる」わけではない
飯島直子への支持の広がりは、単なる「素顔がきれい」という表面的な話ではない。人が他人の"見た目"のどこに反応し、なぜ好意や警戒心を抱くのかという、無意識の心理メカニズムそのものを映し出している。
さらに興味深いのは、加齢そのものが必ずしも「信頼を失わせる」方向に働くわけではないという点だ。顔の第一印象研究で知られるトドロフらの流れを汲む研究では、顔の成熟度(幼さの逆)が高いほど、有能さや信頼性の評価が高まる傾向があることが示されている(※5)。
しわや白髪といった加齢のサインは、見方によっては「幼さの後退=成熟のシグナル」として、むしろ信頼性の評価を押し上げうるのだ。飯島の"隠さない老い"が、単に「勇気ある告白」として消費されるのではなく、静かな信頼の土台を作っている可能性がある。
これは、芸能人に限った話ではない。飯島のように男性ウケから女性ウケに転身するというのは極端な例かもしれないが、「衰えを見せることで、自分の魅力そのものを底上げする」という部分は、日常の中でも応用できる。
人の温かさ・親しみやすさの印象は、地位や実績ではなく、表情そのものから強く伝わることが知られている(※6)。とりわけ、目元にしわが寄るような、心からの笑顔は、年齢や知名度に関係なく「感じがいい人」という印象を与える。

