「コロナ禍ですね。あれで本当に仕事がほとんどなくなって、妻と相談して一度、富山に戻ったんです。それからですね」(タテヅカ2000)
DJタテヅカ2000、現在53歳。妻、タテヅカナギサ37歳。16歳の年の差はあるがほとんどケンカをしたことがないという非常に仲の良い夫妻だ。そして2人ともDJである。
「それまでは東京でDJ活動はもちろん、イベント制作を2人でやっていたんです。でもコロナ禍でそのイベントが全部なくなり、もう家賃も払えないし一度、富山に戻ろうとなり帰りました」(タテヅカ2000)
2人は地元が同じ富山県。タテヅカ2000が富山市内で音楽BARを経営していたころに出会い結婚。そして上京した後はDJやイベント制作の仕事を行っていた。
「富山に戻ってきても、しばらくイベントは無理だからどうしようかと考えていました。東京と同じような感じでイベントの仕事はできないしと……。そんな時に知り合いから『障害者福祉施設のクリスマス会で子どもたちの前でDJをやってくれないか』と頼まれたんです」(ナギサ)
とりわけ忙しいわけでも、断る理由もなく依頼を受けた。だが、2人とも福祉施設はもちろん、子どもたちの前でのDJ経験はなかった。
子どもたちの笑顔に涙したあの日のクリスマス
「当時は持ち運べるアンプなどの機材もなくてその時に買いそろえました。子どもたちの前でやったこともないし不安はありましたね」(ナギサ)
夫婦でキャリアの差こそあれ、2人は東京のクラブなど第一線でDJをしてきている。そんなDJが突然、地方の施設で子どもたちのクリスマス会でDJをするわけだから不安もあった。だがそこはプロ。事前に子どもたちが好きな曲をリサーチするなどしっかりと準備をして向かった。
「障害でしゃべれない子どもたちも半分くらいいて、最初はどうなるかと心配でした。でも想像以上に盛り上がったんです。子どもたちの喜んでいる姿を見た時にものすごく感動しました。それでこれからもこういうDJやりたいなって思ったんです」(ナギサ)
自然と涙が頬をつたっていた。お金にはならない。けれどもそこには感動があり、人々を動かす何かがあった。これがタテヅカ夫妻の人生の転機となる。コロナ禍明け、クリスマスのことだった。

