こうした「どんな感情を、いつ、誰に対して表に出してよいか」を、私たちは無意識のうちに定めている。心理学では、この社会的な規範を、「表示規則(ディスプレイ・ルール)」と呼ぶ(※1)。
表示規則は、抱いた感情そのものを消してしまうわけではない。相手の心情や状況を瞬時に考慮し、自分が実際に抱いている感情と、外に見せる表情とを切り離し、場面に応じて調整しているのだ。
これは国や文化によっても変わるが、「謝罪や釈明の場では神妙な表情がふさわしい」のは、大体どの社会においても同じである。
なぜなら謝罪や釈明の場は、深刻な事情や背景があることが多いので、この表示規則がとりわけ強く働く。私たちは、こうした場では「神妙な表情」が表出されることを、ほとんど「当然の前提」として期待している。
だからこそ、その期待に反する表情――今回の山本氏が示したような、声を出しての笑いのような、はっきりとした逸脱――が示されたとき、私たちは強い違和感と不快感を覚える。
これは山本氏個人の人柄の問題である以前に、人間が表情を評価する際の、ごく基本的な知覚のメカニズムだと言える。
世間に「不気味」と受け取られた理由
今回、ネット上で「笑い方が不気味」「怖い」という反応が目立ったのには、もう1つ理由があると考えられる。それは、笑いが向けられた「相手」と「タイミング」である。
会見では、記者からの追及に対して山本氏が笑顔で応じる場面が複数あった。深刻な質問を投げかけている相手に対して笑みを返すという行為は、表示規則の観点から見ると、二重の逸脱を含んでいる。

