「小4の夏、『わかる』子と私の差は本当は小さかったはず。でも通い続けたことで、絶対に追いつけない距離ができた。あのまま塾を続けていたら、今京大にはいなかったと思います」
ここで見えてきたのは、塾は全員を並行して伸ばす装置ではなく、初期のわずかな差をテストと順位によって加速度的に拡大する装置だという構造的な問題でした。
短期的な「成績アップ」を狙いたくなる構造
話題はテスト文化に移りました。Sさんの例えが印象的でした。
「月例テスト前は、点数を近道で上げたくなります。でもそれは筋トレしていないのに、プロテインだけ飲むようなもの。時間のかかる土台の立て直しをせずに、目先だけ何とかしようとしているんです」
「保護者が結果を知るほぼ唯一の機会である月次テストでは、子どもは公式やパターンの暗記で誤魔化すしかない。一時的に点数は上がっても、真の問題は根治せず、親も気付かないままです」
さらにSさんは、塾という制度に織り込まれた罠を指摘しました。
「点数が毎月叩きつけられる環境では、点数を気にせず土台からやり直そう、という発想にはなりづらいんです」
これは保護者にこそ届いてほしい言葉です。「成績が下がったから対策を増やそう」という発想こそが対症療法を加速させ、根治の機会を奪っている可能性がある。塾は"わからない"を抱え続けることを、構造的に許さない場所なのです。
では、Sさんはどうやって東大に届いたのか。

