さらにいえば、「71歳でリタイア」を誰もが同様に受け入れる必要はない。リタイアに関する変化は硬直的に起きるものではないからだ。
今までの日本では一律に定年年齢が定められ、これも一律だった公的年金受給の開始年齢が私たちのリタイア年齢を制約してきたが、これからの時代はそうではない。
私たちは「自分のリタイアする年齢を自由に選べる、歴史上初めての世代」となるのだ。
65歳でリタイアする、70歳あるいはそれ以上まで働いてリタイアする、逆にリタイア年齢を60歳あるいはそれ以前にすることだってあっていい。
私たちは何歳まで働くべきか、あるいは何歳まで働けるのだろうか。そのとき自分自身はどう考えるべきなのだろうか。
人生100年時代は、リタイアの多様性の時代でもあるのだ。
「高齢者は低賃金」は過去のもの
「リタイア・シフト」、つまり引退の変化と聞くと、労働者の意思に関係なく引退年齢が遅くなるというイメージを持つ人もいるだろう。
あるいは「長く働くといっても低賃金はイヤだなあ……」という感覚があるかもしれない。
実はリタイアを取り巻く社会の環境が今、大きく変わり始めている。
まず60歳以降の賃金や処遇については改善が進んでいく。今まで継続雇用で働くことは低賃金を意味していたが、そのような「当たり前」はなくなるのだ。
低賃金を助長する一因となっていた、国の給付制度も見直される。
定年年齢も引き上げが進む。65歳定年制の企業はすでに3割を超えている。その増加スピードは速く、10年を待たずして5割を超えることになるだろう。
これについては大企業のほうが実施が遅く、中小企業が先行して定年延長に取り組むようなユニークなトレンドも生じている。
このように雇用条件が改善していく最大の理由は、わが国では雇用が大幅に不足していくからだ。
若者は減り、奪い合いとなる。そのとき、社内にいる技能熟練者を手放したり、低賃金で単純労働させたりするほど愚かなことはない。対応の早い企業ほどそれに気がつき始めているのだ。
一方で、公的年金の受給開始年齢は「65歳」が当面の間は維持され、年齢が引き上げられる動きはない。ここに歴史上初めて、公的な引退年齢と民間の引退年齢が逆転する時代が到来しようとしている。「リタイア・パラドックス」といってもいい。
2000年代から2010年代の常識は「65歳まで年金が出ないのだから、それまでは低賃金で働くしかない」だった。
それが、これからは「不本意ながら働く」必要はない、としたら?

