小学生のころは「変なの」と言われ、中学では「校則違反な明るい髪、ずるい」と言われ、今は「きれいでうらやましい」と言われる。「きれいだね」と言われること自体に嫌な気持ちはしないものの、やっぱりこれまで「ふつうじゃない」と扱われてきた傷は残り続けている。手のひらを返したように発言が変わっていくまわりに対して、過去の傷を「なかったこと」にはできずに戸惑っているのだ。
「うらやましい」が、傷になるとき
見た目問題の当事者たちは、さまざまな場面で「自分はふつうじゃない」と思わされてきた。善意の発言であっても「いいな」とうらやましがったり、「私は気にしない」と言うこと自体、「ふつうじゃない」と相手にリマインドすることにもなる。彼らが実際に感じる疎外感や苦しみは、もっと知られるべきではないだろうか。
私たちにできるのは、「知ること」。知識を持つだけでも、見た目問題の当事者の人に対する声かけや視線は変わる。相手に歩み寄ること、それは見た目問題だけでなく、ルッキズム全体においてやっぱり同じことが言える。もしかしたら、華も、今後大きな困難にぶつかるかもしれない。就職活動で、恋愛で、人生のさまざまな場面で、見た目問題と向き合うことがあるかもしれない。そのとき、親友の麗香を始めとした、彼女を理解している仲間たちがいっしょに悩み、戦ってくれたらいいな、と願っている。
第一話:容姿を褒めるのはNG? 部下や子供に「かわいいね」、悪気ないその一言が"正解の押し付け"になる瞬間


