守屋:産業再生機構などで活躍されてきた冨山和彦さんは、修羅場を経験すると胆力がつくとよくおっしゃっています。そういう経験はやはり必要なのでしょうか。
田久保:修羅場は本当に大切だと思います。しかし、そのような場の少ない幸せな会社では、胆力は鍛えられないのか。しんどい原体験がないから、志が生まれないのかというと、必ずしもそうは言えない気がします。強烈な経験よりもスピードは遅くなるかもしれませんが、工夫の余地はあるのではないかと。たとえば、ある卒業生は、誰かと話して学んだことをエクセルに記入し、そのうち自分の出来ていないことをトップ100のリストに入れて、出来るようになったら入れ替える、元のリストは優に1000を超えるという作業を20年間延々と続け、心を鍛えています。
それから、東日本大震災のときテレビ画面で被災状況を見ただけで、居ても立っても居られなくなって現地に移住し、いまだに頑張っている人もいます。その意味では、ニュースや1本の映画でも、何かのスイッチが入って、胆力を鍛える経験につながることがあると思います。
守屋:「スイッチが入る」という表現はすごくわかりやすいですね。大倉喜八郎も、金貸しをして地味に暮らせればいいくらいに思っていたときに、検校(けんぎょう)から説教されてスイッチが入って、その瞬間からのはっちゃけ方が異常なまでにすごかった。スイッチは自分で入れる場合もあれば、他人やメディアの情報など、人それぞれだと思います。
我々は2周目の明治時代を生きている?
田久保:今の日本の働き方改革は、個人的にはやや行きすぎな気がします。定時に帰りたい人が帰れるのはよいことですが、伸び盛りで成長したい、今が踏ん張りどころだ!と思って頑張りたい人に「仕事をするな」「帰れ」というのは、違うのではないかと。明治は令和以上に大変な時代でしたが、当時のようにがむしゃらに戦いきる雰囲気を再興させないと、ひたすら弱っていきそうで心配です。


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