高市早苗首相は2026年5月にベトナム国家大学ハノイ校において、「進化した『自由で開かれたインド太平洋』(FOIP:Free and Open Indo-Pacific)」に関する外交演説を行った。FOIPとは、16年8月27日、当時の首相だった安倍晋三が唱えた外交理念であり、日本が世界的にイニシアティブを発揮する数少ない外交領域の一つである。
とはいえ、FOIPは、多種多様な取組を包括的にパッケージ化しているため、一見すると具体性を欠き、どこか曖昧な印象も否めない。さらに、第2次安倍政権時に掲げられたFOIPはその後、岸田政権と高市政権において大幅なアップデートを遂げている。それでは、今にいたるまでどうアップデートされ、今回の「進化」はいかなる意味を持っているのか。
FOIPの誕生は対中包囲網の「戦略」か?
FOIPが初めて対外的に発表されたのは、今から10年前の16年8月27日、アフリカ開発会議で行われた安倍の基調演説においてであった。ここで安倍は、「世界に安定、繁栄を与えるのは、自由で開かれた2つの大洋、2つの大陸の結合が生む、偉大な躍動」であると説いた。
「2つの大陸」とは、成長著しいアジアと潜在力あふれるアフリカ、「2つの大洋」とは、自由で開かれた太平洋とインド洋である。要するに、FOIPは、インド太平洋の連結性を向上させてアジアとアフリカを一体化させることにより、地域全体の安定と繁栄を促進させる試みとして打ち出された。
太平洋とインド洋を一体に捉えるという考え方は、実はさらにさかのぼっておよそ20年前の第1次安倍政権の頃から萌芽が見られていた。
2007年8月22日、インド国会において、安倍は、太平洋とインド洋が自由の海、繁栄の海としてダイナミックに結合する「拡大アジア」の構想を唱えた。加えて、ユーラシア大陸の外延に沿って、自由と民主主義、基本的人権の尊重などを共有する国家との関係を強化する「自由と繁栄の弧」の理念も掲げた。
「自由と繁栄の弧」の理念は、当時の外務大臣だった麻生太郎氏によって提唱されたものであり、その後の麻生政権でも引き継がれた。しかし、政権交代によって自民党が下野してからというもの、こうした外交理念は一気に立ち消えることとなった。
第2次安倍政権でFOIPが打ち出された背景には、中国の急速な台頭があった。自民党が政権に復帰するまでの間に、日本と中国の関係は大きく変化していた。中国は国内総生産(GDP)で日本を抜き、世界第2位の経済大国となった。中国公船が尖閣諸島周辺の領海に侵入するようになり、尖閣三島が「国有化」されて以降は、その動向はより活発化するようになった。自民党が政権に復帰してからも、中国は、「一帯一路」構想を掲げるなどして世界経済に大きな影響を与えるようになった。
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