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「日本一の小売店」に選ばれた《岐阜の山奥スーパー》の正体 "百貨店仕込みのデパ地下風"だけではない独自の秘策

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スーパーやまにし 西尾真朋 4代目店主
4代目店主の西尾真朋さんと妻の夏子さん。夫婦二人三脚で店を支えている(写真:筆者撮影)
  • 永谷 正樹 フードライター、フォトグラファー
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スーパーやまにしの創業は1930年にさかのぼる。もともとは西尾さんの曽祖父が営む建具店だったが、隣で乾物や缶詰を販売していた店の主人が急逝。近所の人たちから頼まれた曽祖母が建具店の片隅で食料品を扱い始めたのが店の始まりだった。

戦後は祖父が店を継ぎ、父親の代には本格的なスーパーへと業態転換。高度経済成長期からバブル期にかけて売り上げを伸ばし、地域の食を支える存在となった。

食料品店だった昭和30年代頃に店舗前で撮影された1枚。写っているのは、西尾さんの父親で現社長の正博さんと、祖母の富子さん(写真:スーパーやまにし提供)

現在45歳の西尾さんが店を継いだのは、24歳のときだった。

店を継ぐ前、名古屋の百貨店の青果売り場で2年間働いた。仕入れから販売、配達まで何でもこなし、朝4時から夜9時、10時まで働く日も珍しくはなかった。

百貨店の売り場は厳しかった。旬や食べ方を聞かれて答えられなければ先輩スタッフに叱られる。野菜の調理法を覚えるため、傷んだ野菜を持ち帰って自分で料理したこともあった。しかし、厳しい環境の中で学んだのが、売り場づくりの大切さだった。

「例えば、葉物野菜ばかり並べても売れないわけです。そこにレモンやトマトを差し込むだけで売り上げが増えるんです。また、平面的に並べるより、山のようにこんもりと盛ったほうが手に取られます。青果売り場には商売の基本がすべて詰まっていると思いました。ここでの2年間が、その後の店づくりの原点になりました」(西尾さん)

大手ドラッグストアの出店で危機に直面

今でこそ独自の取り組みが評価されて千客万来となったスーパーやまにしだが、2010年頃には危機に直面していた。近隣に大手ドラッグストアが出店したのである。広大な食品売り場には、自店の仕入れ値に近い価格の商品が並んでいた。西尾さんは、その光景を見て愕然とした。

「これはまずいなと思いました。同じ商品を並べていても、価格では絶対に勝てないと思いました」(西尾さん)

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