「『財政収支のバランス』を優先させるために、再分配の受益者をしぼり込み、対象者を限定する(略)結果として、弱者の切り捨てが横行することになる」とする井出らの主張は、「『本当に救済に値する人』を正しく判定することなど不可能に近い」との透徹した認識から導かれている(同上)。
そもそも、高市首相が掲げる時限的減税、給付付き税額控除は、あくまで財政負担を抑えるという点では経済合理的に映る。だが、これらの知見に照らせば、最悪の場合、日本の中間層に深刻な相対的剥奪感をもたらし、中間層内部における疑心暗鬼、引いては社会全体の分断を加速させるリスクを多分に孕んでいる。
「2年後の大増税」を迎えたとき、人々は選別主義に耐えられるか
当初多くの国民から支持された消費税減税は、ポピュリズム政党の台頭にあおられる形で、長らく「消費税は社会保障の安定財源」であるとしてその引き下げに否定的であった自民党が公約に掲げた。給付付き税額控除も、国民民主党が手取り増で躍進する中で、ポピュリズム的なフックとして本腰を入れざるを得なくなった経緯がある。
給付付き税額控除は、2029年からは本格導入の見通しだが、政府が公平性を期すために、所得や家族構成の正確な補足に応じて給付額を細かくコントロールするような「親切で精緻な制度」を作ろうとするほど、国民は「なぜあの家庭は我が家より数万円多くもらえるのか」という微細な不公平にいらだち、不満を募らせる可能性がある。
「恩恵を受ける側」と「負担する側」の格差について、おそらく1円単位で不公平の実態を可視化することができる。実際、すでに年金と生活保護をめぐってはそれが現実化しており、猛反発を呼んでいる。日本の現役世代の多くが「中間層の地盤沈下」に苦しんでいる現状を踏まえると、平等主義と相互監視のプレッシャーを避けることのほうが困難なように思える。
「2年後の大増税」による破壊的な影響が家計を直撃する中で、果たして人々は普遍主義ではなく、グラデーションありきの選別主義に耐えられるのだろうか。


