筆者が一番気に入った撮影地は桑原(現・芦ノ牧温泉南、当時と位置は異なる)だ。この駅は阿賀川が大きく蛇行した河川段丘の上に集落と共にあった。盆地の底に位置しているため、この駅を発車するC11形は給水を受けた後に上り・下りともに25パーミルの急勾配を駆け上がるから、迫力あるC11形の走行シーンが撮れたものだ。
この桑原駅には何度行ったか覚えていないほど、四季折々の写真を撮影している。当時、ここでは大川ダムの工事が進められており、それを知った筆者はやがてダム湖によって失われる鉄道と集落を集中的に記録した。
52年ぶりのSL運転
会津線でのC11形の定期運用は1974年に終了して、筆者のC11形を追っての会津詣はここでひとまず終わったが、その後も会津線の撮影には頻繁に訪れた。
SL時代に何度も通った桑原付近は1980年12月にダム建設のため新線に切り替えられ、C11形が力闘した区間もトンネルの連続になった。大川ダムが完成すると、桑原の駅や集落とかつての線路はダム湖に沈んだ。現在の芦ノ牧温泉南駅は、旧桑原駅とは別の場所にある。
1974年以来52年ぶりに会津線を走るSL大樹「土津」の運転計画を知ったとき、会津線のSL事情に精通していると自負する筆者は、いくつか気になることがあった。
まず気になったのは下今市から会津若松までのSLへの給水箇所である。沿線に給水設備はないはずだ。そして最大の難関は、野岩鉄道は長大トンネルの連続であり、前述した大川ダムの新線切り替え区間も長大トンネルがある。SL列車はここをどう通過するのだろうということだ。

