もっとも、音声が収録されたのは昨年12月17日で、この時点で自民党総裁選はすでに終わっていた。また、今年1月の衆院解散はまだ決まっていなかった。内容もサナエトークンはもちろんのこと、誹謗中傷動画についてのやり取りではなかった。だが、この音声をもって問題と無関係と言うことはできない。
そして共同通信は6月7日夜、松井健氏のインタビューをネットで配信。松井氏は高市事務所の秘書から相談を受け、総裁選で高市首相を当選させる目的で、小泉進次郎防衛相を批判する動画をAIソフトで作成し、投稿したと証言した。
さらに今年2月の衆院選でも、高市事務所を含む与野党約50人の陣営から相手候補に関する動画の作成依頼を受け、20人に協力したことを明らかにした。疑惑は野党にも飛び火しそうだが、それで高市首相の責任が薄まるわけではない。
高市首相の“師”が語った「責任感」
民意が歪められては、民主主義が成り立つはずがない。国政のトップが手を染めていいはずはなく、潔白ならその証明をすべきだろう。
「いま私は日本国を背負って、国家経営に取り組んでおります。本当にそういうことに時間を使っている暇はない、そういう思いでございます」
5日の参院予算委員会で立憲民主党の塩村あやか議員の問いに対し、高市首相は国家経営の邁進を理由に『週刊文春』を提訴しないと断言した。だが、ネット選挙の弊害が深刻化している今、民主主義を守ることこそ国家経営の基本ではないのか――。
松下政経塾出身の高市首相にとって師である故・松下幸之助氏は「国家指導者の4条件」の1つとして「すべての責任はわれにありと考える責任感」を挙げた。その責任がいま、問われようとしている。
