そもそも人間の脳や感覚に絶対はなく、特にスマホで自分の好きなものを見ている人はそれに意識が偏りやすいもの。事故を起こしたあと、「視野に入っていたにもかかわらず、リスクを正常に認識できていなかった」と気付くケースの多さがそれを裏付けています。
歩いているときですら見るなどスマホを使う時間が増えるほど、「多くの人々が行き交う社会で生きている」という実感が薄れ、「自分の好きなものがある小さな画面の中で生きている」という感覚が増していくのが、スマホ依存の怖いところ。
客観的に見ると歩きスマホは、家のプライベートな空間と、外のパブリックな空間の境界線がなくなっていることの象徴的な行為と言っていいでしょう。
「多くの人々が共有すべき空間で、自分の空間のように振る舞う」という行為は、社会で生きる意識が薄れていることの証し。「自分は大丈夫」という前提で歩きスマホをするほど他人への配慮や気づかいが失われ、自分を守ること以上の攻撃性が生まれやすいところがあります。
実際、ネット上のニュースを見て他人を「許せない」と断罪する声はその1つでしょう。「自分とは無関係の人に無配慮な厳しい声を浴びせる」ことと歩きスマホは別の行為には見えないのです。
さらにそんな配慮や気づかいの喪失と他人への攻撃性が火種となって凄惨な事件につながらないとも限りません。だからこそ歩きスマホは個人だけでなく社会的なリスクとして対策を施していくべきでしょう。
「歩きスマホしている人」の割合
では現在どれだけの人が歩きスマホをしているのか。リアルな参考データがほしいと思い、急きょ4日の17時から18時にかけて東京の新宿駅東口と中野駅北口、中野四季の森公園と高円寺パル商店街で歩きスマホをしている人の割合を調べてみました。
