小原さんの場合はどうだったのだろうか?
小原さんは、営業職を長く勤め、18年に博報堂DYメディアパートナーズに異動している。そして、22年には同社とUUUMの合弁会社HUUMの取締役に就任している。つまり、小原さんは、40代前半で取締役まで上り詰めているということになる。
以前は、博報堂に限らず、大手の広告会社は年功序列の要素が強かったが、最近はそうでもない。特に、デジタル領域では、若くして取締役に就任する社員もいる。
「40代前半で子会社の取締役」というのは、現在ではさほど珍しくないのだが、実績を上げ続けていないとそこまで上り詰めることは簡単ではない――というのもまた事実だ。
嵐の「CMジャック」は大規模プロジェクト
現在では、芸能人が、自身の人気や知名度を有効活用して、衣料やコスメなどの商品をプロデュースしたり、インフルエンサーとして情報発信をしたりといった、自分でビジネスを行うキャリアも目立つようになっていた。
00年前後の段階では、そうしたビジネスは成長途上で、稼ぐことも難しかった。リスクを考えると、会社員として働くのは、手堅い選択であったと思う。
小原さんの場合は「芸能界を引退した」と言っても、不定期でテレビに出演していたようだ。広告会社は原則的に副業禁止のところが多いのだが、小原さんのようなケースは「特例」として認められることもある。
小原さんの場合は、メディアや芸能界と関係を持ち続けたことが、会社員のキャリアにとってもメリットは大きかったように見える。
