Aさんも手術で卵巣奇形腫を摘出した後、驚くほど体調が改善していったという。
「術後はみるみる身体が回復していきました。私の場合も、やっぱりこの卵巣奇形腫が悪さをしていたのかなと思っています」
その後は少しずつ薬も減り、通院も終了した。発症から4年経った2016年には、最後の診察が終わり、Aさんは会計を待ちながら病院のベンチで母親と並んで座っていた。
「そのとき、発症からここまでのことが、全部走馬灯みたいに頭の中に流れてきて。母に、ようやく終わったんだね、私また普通の人になれたかな、なんて言って……。人目をはばからず、病院で2人でワンワン泣いたのを覚えています」
最後の通院日は、Aさんの中で何かが吹っ切れた1日だった。
「本当に生きたい人生」を選び直した
「抗NMDA受容体脳炎」は、Aさんの人生観そのものを変えるきっかけにもなった。学生時代から、本当は海外と関わる仕事がしたかったというAさん。だが、英語力に自信がないことを理由に、挑戦する前から諦めていた。
最後の通院を終えた頃には、Aさんには高次脳機能障害の後遺症もほとんど見られなくなっていた。そこでAさんは、英語を学び直す決意をする。
数年間働きながら留学資金を貯め、退職後にイギリスの大学院へ進学。現地では日本食レストランでアルバイトをしながら学費を稼ぎ、深夜まで図書館にこもって勉強を続けた。その結果、Aさんはストレートで修士課程を修了。
「病気になる前の自分より、何か1つでも優れたものを手に入れたかったんです。だから、海外で自分の経歴に一生残せるような資格や学位を取りたかった。現地で学位を取れたとき、病気後にずっと抱えていた劣等感から解放されたような気がしました」
帰国後は現地で培った英語力を活かし、日系グローバル企業へ転職。長年憧れていた海外と関わる仕事に就き、日々の業務に奮闘した。
「病気で失ったものは多かったし、今でも病気にかかって良かったなんて思うことはありません。でも、今振り返るとこの病気を発症したからこそ、私は本当に望む人生に向けて行動できたのかなと思います」
