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政治・経済・投資 #小幡績教授のアフターエコノミクス

これからの投資とは、フェラーリではなくランボルギーニを買うことである…ただし誰もそう気づかないランボルギーニを

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中古で売れないランボルギーニ(写真:silvian / PIXTA)
  • 小幡 績 慶応義塾大学大学院教授

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INDEX

今や、いかなる投資も金銭的リターンは得られない。

これは、別の連載で2回にわたって述べてきたことだ。

今は「すべての投資」をやめるとき、2026年は「投資は死んだ」と言われる「歴史的な年」になる

金融分野ではない、今までとはまったく違う「本当の投資」をする時代がついにやってきた

今日は、その背後にある大きな構造、ややアカデミックな議論をしよう(アカデミックということでこの連載で続きを書くことにした)。

資本は余り、価値がなくなる

21世紀半ばへ向けて、いかなる投資もリターンが得られなくなった理由は何か。

根本的な理由は2つ。

1つは、ケインズが指摘したことである。

ケインズは、「健全な経済において、健全な経済発展を遂げれば、資本が十分に蓄積されて、資本が余ってくる」「そうすると、余剰となった資本のリターンはゼロになってしまうかもしれない」「資本利子率がゼロとなれば、利子生活者は安楽死するしかない」「これこそが革命なしに、資本主義の最大の問題を解決する方法である」(つまり、これをケインズは良いこと、これを実現することを政府は目指すべきと考えている)。

つまり、経済学が主張する通り、価値は希少性によるものだから、資本が希少でなくなってしまえば、それに価値はなくなり、価格はつかなくなる、ということだ。リターンはゼロとなる。

価値がゼロならば、価格がゼロとなり、リターンはマイナス無限大になるのでは?と思うかもしれないが、そうはならない。

なぜなら、ここでの資本は金融資本だから、資本財に投下せずに、普通に消費財を買って、消費して贅沢をすればいいだけのことだからだ。

しかし、実は、リターンはマイナス?という疑問は鋭い。そして、私自身も、マイナスになると思っている。

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