名前がないと説明しづらいので、サザエさん一家にたとえよう。サザエ、カツオ、ワカメの3きょうだいに、さらに下のきょうだい――すなわちフネと波平の最後の子――ができたとする。その子はタラオ(サザエとマスオの子)に年が近く、双方とも世話が焼ける。フネにとってもサザエにとっても幼い我が子がいちばんかわいいため、食糧、医薬品、居住空間などが限られた場合、2人は子の養育をめぐって激しく対立してしまう。いきおいフネの最後の子およびタラオが健全に育ち、成人できる確率は悲しいほど低くなる。
フネはタラオの世話に注力したほうが有利
ということは、フネの立場からすれば、最後の子を作って「骨肉相食む」環境を作り出すのは賢明でない。第1子のサザエが成人したら、それをしおに自分の子を作るのはやめ、孫であるタラオの世話(すなわちサザエの子育て援助)に注力したほうが、己の遺伝子をより多く将来に残すうえで有利ということになる。
母子の同時繁殖が招く世代間の対立。これこそが女性が閉経しなかった場合に噴出する深刻な不都合だ。言い方を変えれば、世代間の対立を是が非でも回避したい切迫した事情が、ヒトをして閉経を進化せしめる原動力となった可能性が高い。
なお、ゾウは閉経しないが、第1子を産んだ後の余命がヒトほど長くないため、母子の同時繁殖は起こらない。「祖母仮説」では説明できぬゾウの事例が「世代間の対立」によって首尾よく説明できる。


