湯船の設定温度が高いことから、まずは熱中症が疑われました。熱中症になると、尿の色が濃くなります。高体温によって筋肉が壊され、筋肉を構成するミオグロビンというタンパク質が血液中に大量放出されて、その色素が尿を赤くするためです。
この女性の場合、すでに警察が膀胱に溜まった尿を採取しており、熱中症の所見があることが明らかになっていました。尿の採取は具体的には、尿道にカテーテルを入れて直接尿を外に出します。それが難しいときは、CT画像で膀胱の位置を確認し、下腹部の真上から採取用の長い針をスポッと突き刺して尿を採取します。
どのような死因であろうとも尿は全例採取
ちなみに尿の採取は異状死を調べる際の基本であり、どのような死因であろうとも基本的には全例採取します。なぜなら、薬物の影響は必ず尿の状態に現れるため、犯罪事件の証拠につながるケースも多数あるからです。
80代女性の話に戻しましょう。
お風呂で熱中症を起こして意識を失い、溺死するケースは決してめずらしいものではありません。通常であれば、法医学教室への死体検案や解剖に回されることもないでしょう。
しかし、この場合は遺族が「この状況で溺死はおかしい。母の死の原因をきちんと調べてくれ」と警察に訴え、警察側も犯罪の線はほぼ考えられないため、司法解剖まではいたらないが、死後CT撮影でわかることがあるかもしれないと考え、私のもとへ死体検案として運び込まれたのです。
なぜ遺族が不審に思ったのか。
それは、発見時の湯船の水位が、女性の顔よりもずいぶんと下だったからです。熱中症で仮に意識を失ったのだとしても、顔はお湯に浸かりようがないのだから、溺れ死ぬわけがない。だが警察の調べによると、鼻や口から泡が出てきたことから所見は溺死である。
