「東大の入試問題は、英語力や国語力といった能力・知識量だけでは解けず、それらを超越したところにある知性や教養と呼ばれるようなものも問われる入試である」という言説をみなさんはご存じでしょうか。たかが大学の入試問題ではあるものの、その人の人生や哲学が出るような問題を出題するのが、東大の入試問題だったりします。
それを僕は、肌で感じたことがあります。東大に合格するまでに2浪しているのですが、その最初の挑戦で出会ったある一問が、いまだに忘れられません。英語の問題でした。技術的に難しかったわけではありません。単語も文法も、特別な知識も要らない。それなのに、当時の僕には書けなかった。
その問題が、東京大学2014年前期・英語第2問(B)の自由英作文です。問題文はびっくりするほどシンプルで、こう書いてありました。
この英文は、「人は見る準備のできているものしか見ない」と直訳される場合が多いです。このシンプルな問題が解けなかったので、僕は東大に落ちました。
まず、解釈はできた
さて、おそらく東大レベルの受験生であれば、みんな英文の意味自体は分かると思います。「人は、自分が受け入れる準備ができているものしか、目に入らない」ということですね。要するに、人間には「認知のバイアス」と呼ばれるものがあって、見たいものだけを見て、見たくないものは視界に入っていても認識できない、という話です。
