要するに、「人は見たいものしか見ない」という言葉が、ほかの誰かの話ではなく、自分自身の話でもあるという感覚を、僕は持てていなかったのです。
だから、書けなかったんですよね。何を書いても、どこか他人事の文章になってしまう。試験会場で何度か書きかけては消し、書きかけては消し、結局まとまらないまま、時間が過ぎていきました。
この問題が問うていたもの
落ちてから、僕はこの問題のことを何度も考えました。東大はなぜ、こんな問いを出したのか。 英文法を試したいなら、もっと適切な題材があるはずです。語彙力を測るなら、こんな抽象的な命題を持ち出す必要はない。
たぶん、あの問題が本当に試していたのは、受験生が18歳までの人生で、人間というものをどれくらい深く見てきたかだったのだと思います。人は本当に、見たいものしか見ないのか。自分はその例外なのか、それとも例外ではないのか。家族や友達の中に、そういう瞬間を見たことはあるか。そして、自分の中にも、それを見つけたことはあるか。
そうした問いを、それまで一度でも真剣に考えたことがある人にとっては、この問題は書きやすかったはずです。具体的な場面が、すぐに頭に浮かんでくるからです。
