百貨店から盛岡を代表する名建築の1つで辰野金吾が東京駅を作る3年前に同じ手法で作った「岩手銀行赤レンガ館(旧盛岡銀行本店)」の向かいにも、冬でも凍らず地震で揺れても大丈夫な、市民が自由に利用できる耐震不凍給水栓「365すいどう」があるが、これも小林覚がデザインを手がけた(今後、場所を増やしていく予定だ)。
その近くには8人のヘラルボニーアーティストが室内の作品やベッドカバー、カーテン、椅子などのインテリアなどにも作品を提供した「HOTEL MAZARIUM」が約4年前に開業。さらにはヘラルボニーバスまで運行している。
最近、東京でも東急東横線や田園都市線などヘラルボニーアーティストとコラボをした異才を放つ公共施設を目にするようになったが、ヘラルボニーの本拠地、盛岡は保守的になりがちな東北の地方都市の中で、明らかに異彩を放っていることに驚かされる。
ただ、盛岡、正確には岩手県には元々、こうした異彩を受け入れる土壌はあったようだ。ヘラルボニーの成り立ちにも大きく関わっている。Isai Blueに採用されたアーティスト、工藤みどりさんも所属している花巻市のるんびにい美術館だ。
「ヘラルボニー」が岩手から誕生した理由
戦後しばらくの間、知的障害のある子どもは「義務教育免除」という名で就学から排除され、岩手のような農村地域では家や田畑のそばで一日を過ごすしかない子も少なくなかった。成人後の行き場もなく、1960年代以降は山間部に大規模な入所施設(コロニー)を建てて生涯そこで暮らしてもらう「終身保護」が国の方針になった。
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【「クリエイティブ」と「福祉」の世界を結びつける試み】
