現代の日本地図のこのあたり(富山県)をいくら眺めても、この海の名は出てこない。それもそのはず、有磯海は富山湾の古名といわれていて、万葉の時代の大伴家持から松尾芭蕉まで、多くの歌人・俳人に詠まれた歌枕だからだ。
「天然のいけす」とも呼ばれる海の幸の豊富な「富山湾(とやまわん)SA」でも十分、旅情を掻き立てるように思うが、「有磯海」が醸す古風なイメージは、心を癒やしてくれそうな趣がある。
北陸道にはもうひとつ、ユニークな名を持つSAがある。石川県の「尼御前(あまごぜん)SA」である。
尼御前の名は、SA近くの尼御前岬という実在の岬の名前からとられていて、観光地を紹介する地元のウェブサイトには、「頼朝に追われた源義経一行が都落ちの際にこの海岸を通った時、足手まといになることを憂いた尼御前が海岸から身を投げたという伝説」から命名されたとある。
地名由来のSA名ではあるが、800年以上前の鎌倉時代初期の時代を彷彿とさせる美名だ。
県になる以前の旧国名を使ったPAも
北陸には、さらに変わった名を持つ休憩施設がある。「能越県境(のうえつけんきょう)PA」である。
このPAがある道路自体も能越自動車道といい、能は「能登国」、越は「越中国」、つまり石川県と富山県の県境に位置するPAで、実際このPAの敷地には、県境を示す碑が立っている。
明治になって現在の「県」が置かれる前のかつての「国」の名前は、短縮して2つ以上の旧国名を表す場合、とても便利であった。仮に「富石県境」とか、「富山石川県境」と書くよりも「能越県境」のほうがピンとくる。
「上越線」は「上野(こうずけ)と越後」、「日豊線」は「日向と豊前・豊後」、予讃線は「伊予と讃岐」、常磐線は「常陸と磐城」、三陸海岸は「陸前、陸中、陸奥(むつ)」の三国、甲武信ケ岳(こぶしがたけ)は「甲斐、武蔵、信濃」など、今も旧国名はさまざまな形で使われている。
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【正式な地名ではない名前が使われることも】
